BlogKenJr.
カスガシカオ志望である作者が、広く世の中に認知してもらうためのあらゆる実験を行うための日記。またカスガシカオになるまでの過程を随時報告していきます。
防疫
厚労相に勤める新井は、ある日上司の馬場から会議室に呼び出された。

「すまんね、忙しいところ。」

「いえ、とんでもない。それでお話というのは?」

「うん。実はこの度、新しい伝染病の特別対策委員会が設置されることになってね。」

「新しい伝染病?それは私、初耳なんですが。どういったものなんでしょうか?」

「君が知らんのも無理はない。何しろ世間一般ではもちろん、関係各省庁内でも今は極秘事項だ。内閣にあっても、総理と官房長官、もちろん我が省の大臣は知っておられるが。その他はうちの省内でさえ、ごく限られた者にしか知らされてないんだ。」

「そうなんですか。そうすると、それはかなり恐ろしい病気ということですね。しかも表面的にはあまり目立たない。」

「さすがだね、その通りだよ。実に表面化しづらい病気であることは確かだ。しかし、恐ろしいかどうかは実のところまだよく解ってはいない。」

「なるほど。それで悪戯に不安をあおることのないように、極秘に対策を立てているのですね。」

「まったくその通りだ。やはり君は若いが、私が見込んだだけあって頭が切れるね。」

「ありがとうございます。それでいったい私に何を?」

「まあ察しのいい君なら、既に話が読めているかと思うが。その対策委員に君を推薦したいと考えているんだ。」

「しかし、私は若いですし、そういった仕事の経験もありません。お役に立てるかどうか…」

「そんな事はもちろんよく解っとるよ。しかし誰も君に委員長をやってくれとも、一人で仕事をやってくれと言ってるわけでもない。」

「はあ。」

「委員は他にも何人か選ばれる訳だし、その中には君より経験豊富で、知識も持つものも多数いる。しかし君にはその若さが持つ行動力と判断力、頭の切れがあると私は見ている。」

「それはありがとうございます。」

「だから実質面では、他の人にサポートをしてもらいながら、君は君でその特徴を生かして事態に当たって欲しいということなんだよ。」

「わかりました。そういうことでしたら有難く引き受けさせて頂きます。」

「そうかね。まあそう言ってくれると信じていたがな。」

「しかし…」

「何だね?」

「まだ肝心のその伝染病について、お聞きしてませんが。それは一体どんなものなんでしょうか?」

「うむ」

そう言うと馬場は腕を組み、しばらく沈黙した。
どう説明したらいいか計りかねているといった様子が新井にも理解出来た。

「実は真に奇妙な病気で、いやまだ本当にそれを病気と呼んで良いものかどうかも判断つきかねている。今回の委員会の当面の議題も、まずそこら辺のしっかりした判断が話し合いの中心となるだろう。」

「と言いますと?」

「現在この病気というか症状を認識している者の間では、それを『ワライ』、もしくは『ワライ病』と呼んでいる。」

「ワライですか?と言うとそれはライ病の一種、もしくはライ病に症状が似ているのですか?」

「いや、そうじゃない。ライ病とはまったく関係がない。ワライだよワライ。英語で言えば、laugh 。お笑いのワライだ。」

「え?それではおかしい時に笑う、そのワライですか?」

「そうそのワライだよ。」

「はあ。いったいどういうことですか?」

「まあ、そういった反応も予想できたことだよ。私も上司から最初に話を聞いた時は、同じ様な反応をしたものだ。それとね、今から忠告しておくが、君がこれから取り組んでもらう仕事は、常に今の君と同じ様な反応を示す者達と向き合うことが主になるだろう。覚悟しておきたまえ。」

「はい、失礼致しました。」

「はは、いや何もそんなに恐縮することはないんだ。少し脅しが過ぎたかな。いや話がそれたが、ともかくそのワライ病については、最初に発覚した事件を語るのが解りやすいようだ。」

そして馬場は、その事件について語り始めた。




それは、ある広告代理店の企画会議中だったという。

参加者は10名ばかり。
いずれも30代から40代で、男性が7名、女性が4名。
その内の一人の女性が途中で席を外している。

その会議は、クライアントに企画を提出するために、下請の企画会社が提案する案件を検討するために開かれていた。


そして事件は会議も大詰め、最終的に一つの案件に絞る決議を採ろうとした時に起こる。


「それでは、意見も出尽した様なので、そろそろ最終的に一つの企画に絞らせていただきます。」

議長を務める代理店の企画課長が、まとめに入る。

彼は一通りみんなの顔を見回す。

その時、席にいたのは代理店の人間が彼を含め、企画部長1名(男)。
企画課社員、男女各1名。
営業部長、1名(男)。
営業部社員、1名(男)。
そして下請企画会社の人間が、アオバ企画から男女1名ずつ。
ブロードプランニング社、1名(女)。
オフィスセントラル社、1名(男)。
以上男性7名、女性3名の計10名だった。

その時議長である千葉氏は後に、
「セントラル社の土橋君ね。どうもあの時は、何か顔色悪いなって思ったんですよ。何かちょっと微妙にブルってるなって感じ?」
と語ったという。

しかし、その時はさして気にもせず議決を採る。


「それでは、まずアオバ企画さんの案から。ああもちろんアオバさんとこは二名いますが、アオバ企画さんとして一票とさせて頂きます。えーアオバ企画さんの案を推薦される方は挙手をお願いします。」

千葉氏の言葉にアオバ企画の男性を初めとして、計4名の手が挙がる。


その時。

「ははっ…」


何処かから小さく笑い声があがったことを確かに聞いた、とその場にいた全員が証言している。

みんなおかしいと思ったらしく、何組かはお互いに顔を見合わせてもいたという。

しかし微かな、小さな声ということもあって、誰も何も言わず、千葉氏もそのまま決を続ける。


「えーアオバ企画は4票ということで。次はブロードプランニングさんの案に…」
「あはは。」

今度こそは、はっきりと聞こえる声だった。

皆一斉に、声のする方向に顔を向けたからだ。

皆の視線の先には、オフィスセントラル社の土橋氏の顔があった。

土橋氏は顔面蒼白で、とても「笑顔」とは言えない表情を浮かべていた。

皆の視線を受け、ますます顔色は白さを増し、というより色が抜けていく感じだったと、隣に座っていたブロードプランニング社の女子社員は語っている。


「ええ、なんか小刻に震えちゃってて、お前は産まれたての子鹿かってぐらいに?」




議長の千葉氏は咳払いを一つして、
「セントラルさん。大切な議決の最中ですから…」

すると土橋氏は、
「あのう、今私笑ってましたか?」

「私にはそう聞こえましたがね。」

千葉氏が言うと、周りの皆も首を縦に振って肯定している。


「私にも聞こえました。」
と言ったのは土橋氏だった。


「ははっ」
とあちこちから笑いが上がったが、この笑いが「ワライ」によるものだったのかどうかは、現在調査中である。

しかしそのときは、そんな事も知らない千葉氏は土橋氏とは相対的に顔を赤らめ、
「セントラルさんふざけてる場合じゃないですよ。」

それで土橋氏はそれ以上何も言えなかったそうだが、実際に土橋氏は自分が笑っているという感覚はなく、笑い声が聞こえたという感じがした、と後に語っている。

つまり先ほどの、最初の笑い声を確かに聞いたという証言は、当の土橋氏を含めて正に全員が後に語ったことなのだった。



「もちろん、大事な会議の最中ですし、笑う場面ではない。笑おうなんてこれっぽっちも思ってなかったわけですから。自分の口から出た笑い声も何か他人事というか、すぐ近くから聞こえたといった感じでした。」



ともかく千葉氏は決議を採る。

「えー気をとりなおしまして、ブロードプランニングさんの案を推される方挙手をお願いします。」

早速ブロードプランニング社の女性を始め、これも手を挙げたのは計4名だったという。
つまり土橋氏以外の全員が手を挙げた事になる。
しかし土橋氏はもちろん自社の案の時に手を挙げるつもりだったのか、そうじゃなかったのかは確認がとれてない。

土橋氏は結局手を挙げる事はなかった。

それ所じゃなかったからだ。



「ははははははっ!」

もはや誰の目を憚る事もなく、高らかに笑い声をあげる土橋氏。
その声は印籠を出した後の水戸光門かと思うぐらいに堂々としていたという。
しかしその顔色は堂々と所か目をキョロキョロさせ、がたがたと震えている。

手を挙げた四人もそのままの姿勢で固まって、その様子を見ている。

全員が土橋氏に注目していた。

その視線にキョロキョロと目をやりながら笑い続ける土橋氏。そして口を押さえながら立ち上がる。
勢いよく立ったため、キャスター付きの椅子は土橋氏の後ろの方につーっと走っていき、壁にぶつかる酷い音がする。
しかし誰もそちらに気がいかない。
立ち上がっても口を押さえても土橋氏は笑い続けているからだ。

「土橋君、君大丈夫かね?」
やっとのことで千葉氏がそう声をかけた。

もはやその場にいる誰もが土橋氏がふざけているわけではなく、何かは解らないが異常な事態に陥っているらしいと気付いていた。


しかし異常はそれだけでは終らなかった。



「ははははははっ」
かん高い笑い声を上げ始めたのは土橋氏の隣に座っていたブロードプランニング社の女性遠藤さんだった。

遠藤さんは土橋氏と同じ様に、自分に何が起こったのか解らないといった表情で、今は土橋氏と遠藤さんの両方を交互に見つめる皆の視線を、キョロキョロと見回していた。

「ホントびっくりしましたよ。何でって感じ?もうみんなの事見つめちゃいましたよ。私笑ってる?今笑ってる?って感じでしたかね。そん時のみんなの顔は忘れませんね。『笑ってるよ、コイツ』って顔ね。でも最初は私も土橋さんにそんな顔してたんでしょうね。」



そして事態はさらに加速する。

土橋氏や遠藤さんの隣や正面に座っていた者(彼らは議席の末席、つまり議長の千葉氏とは反対の一番端に座っていた)が同じ様に笑い始め、それは放射線状に拡がっていく。

その笑いは笑っている者を見てつられたとか、面白くて笑っているわけではないという事は、彼らの顔を見ればはっきりと分かったという。

そして最終的には、千葉氏も笑い声を上げることになる。



たまたま隣の会議室で片付けをしていた清掃のおばさんは、

「いやあ、にぎやかで雰囲気がいいねえって思いましたよ、最初は。だけど掃除終わって廊下に出たら、その部屋から笑いながら男の人が飛び出してきて、笑いながらこっち見て何か言いたげにさ、苦しそうな目で訴えてくるんだよ、笑いながら。それで部屋を覗いたら、みんな笑いながら苦しそうにじたばたしてるから、こりゃ大変だって思って、とりあえず救急車を呼んだんだ。」



通常そういう事態の場合、社内ではどういう対処が為されるかは解らないが、その時のおばさんの行動は、今考えると適切であった。

10人は次々と病院に運ばれていった。





「最初は中毒症状を疑われたのではないですか?」

新井はそこまで聞いた所で、馬場に聞いた。

「その通りだよ。まあ一番最初に思いつくのは、笑い茸だな。その会議はランチも兼ねていて、その日は会社が用意した弁当を皆食べたそうだ。病院もそれに目をつけて調べた。しかし弁当にはそれらしい食物は入っておらず、10人の体内からも、そういった食物や薬物反応は出なかった。」

「そのう、テロなんてことはなかったんですかね?」

「それも考えたらしいよ。その会社がそういったものに狙われるのかどうかはともかく、可能性としてはね。笑気ガスといったものもあるわけだし。しかし、そういった成分も検出されていない。会議室からもね。」

「それじゃあ集団催眠のような状態だったとか?」

「君も色々考え付くね。もちろんそれも考えたのだろうが、それよりも何よりも先に見付かったんだよ。」

「と言いますと?」

「新種の細菌が10人の体内から見付かったんだ。これまで発見された事もない、形状も特殊なものだったから発見は比較的に簡単だったそうだ。」

「新種。まさか…」

新井は声を失う。

それほど新種の菌の発見は珍しく、恐ろしい出来事なのだ。



「それで今現在10人はどうしているんです?」

「もちろん我が省の管轄する、バイオハザードレベル3の施設内に隔離しているよ。」

「10人とも命に別状はないんですね。」

「最初に言ったように、これが命に関わるものならもっと深刻になっているだろう。場合によってはレベル4施設を使っているよ。」

「そうでした。」

「彼らは10人ともいたって健康だ。しかしワライ菌に冒され、ワライが止まらない。」

「ずっと笑い続けているんですか?」

「ずっとというわけではない。そうだね、喘息の発作に似ている所がある。しかし喘息のようにそれを抑える薬は今の所はない。彼らは一度発作が始まると、一時間以上笑い続ける。しかし、最初の会議の時からしばらくはパニック状態だったのか、笑い出すとそれこそ喘息患者のように胸をかきむしるように苦しがっていたがね。今では普通にただ声を出して笑い続けるだけ。息が苦しくなることもない。身体的には心臓やその他の臓器に負担がかかるわけでもない。血圧や脳波などバイタルサインも、それほど危惧するような乱れは起こさないんだ。」

「それでは問題はないのですか?」

「身体的にはね。」

「というとやはり、精神的に?」

「今のところ精神異常に陥った者はいないそうだ。もっともワライ菌が見つかっていなければ、全員異常者扱いだったろうがね。」

「はあ、そうでしょうね。」

「しかし発作がない時は、精神的にも何も問題はない。発作中も意識が飛んでいるわけでもないし、外的刺激にも反応する。人が話しかけてもちゃんと理解しているし、会話も出来るそうだ。もっともそれは笑いながらなので、苦労するそうだがな。」

「と言うことは、精神的にも何も影響はないということですか?」

「今の所はだよ、今の所は。しかし君、考えてもみたまえ。笑い続けるということがどういうことか。」

「どうなんでしょう。私はかえって体に良いような気もしますが。笑うことでストレスが発散されることもあるでしょう。年中怒っているよりも、精神的に安定している状態とは言えませんか?」

「それが自発的なものならね。ストレス発散に笑いが一役買うのは、それが本人が楽しい、面白いと思う気持ちが、自然に笑いを引き起こす場合によるだろう。」

「もちろんそうでしょう。」

「ところがこのワライは、体内の菌によって無理やり笑わされているのだよ。体にいいわけがない。」

「はあ、そうですか。」

「じゃあひとつ試してみようか。今から私が冗談を言うから、君、笑ってくれよ。」

「はい。」

「ワライ菌では死んでもワライきれん。」

「ははははははっ…」

「どうだね?今君はストレスを発散出来たかね?」

「いえ。」

「むしろストレスが増した感じだろう?」

「いや、それはまあ…」

「ははは、いやあ遠慮することはない。私もわざとつまらない事を言ったんだから。」

「そうですか。しかし良く解りました。面白くもないのに無理やり笑い続けることは、かえってストレスをためる事になるのですね。」

「そうなのだよ。だから今隔離されている患者達も、しだいにストレスを溜めていき、精神が蝕まれていくか、体を壊してしまうのではないかと思うのだ。」

「今現在、最初の10人以外にワライ菌による感染者は発見されているのですか?」

そう新井が聞くと、馬場は口を閉ざし、暗い顔をする。

そして、溜め息をついて、やっと口を開いた。

「今現在、全国でわかっているだけでも、300名以上の感染者が隔離施設に収容されている。」

「最初の発見から半年ですよね。」

「うむ、300という数字は確かに全国的に見ると、それほど大した数ではない。しかし、症状が症状だけに、精神病と間違えられて精神病院に収容されていたり、他人に話せない者、または本人すら自覚していない潜伏者を考えると…」

「感染手段は解っているのですか?」

「空気感染だ。」

「何ですって?まさか…」

「そうとしか考えられんのだよ。最初の会議室の件や、その他の患者達の話からみてもな。」

「という事は彼らの周囲の人々は…」

「今現在発見されている人の多くは、最初の10人からたどっていった者達なんだよ。家族や同僚とかね。しかしそれ以上は辿っていくことは無理だ。今の所は極秘に事を進めなくてはいけない。それ以上進めていくと、あっというまに騒ぎになってしまう。」

「しかしそれでは益々被害が拡がっていくのではないですか?今こうしてる間も。」

「しかし、どうしようもないのだよ。幸い空気感染とはいっても、感染力自体は極めて弱いものなのだ。現に最初の件の掃除のおばさんは感染しなかった。救急隊員も病院内でも、感染者は出なかったんだよ。」

「しかし、そうは言っても…」

「だから我々がいるのじゃないか。そのための対策委員だろ。我々が早急に対策案を出す事が、問題の解決につながるのだよ。」

「はい、わかります。しかし、どうも何処に問題があるのかがよく解らないのですが。」

「確かに最初にも言った通り、この件は非常に曖昧なのだよ。問題があるのかないのかすら解らない。さっきは私もストレスの話をしたが、それすら私の憶測でしかないわけで。もしかすると、君が言ったように逆に体にいい作用を起こすかもしれない。」

「まさか…」

「しかしね、考えてもみてくれたまえ。このままこのワライ菌がどんどん拡がっていき、国民が皆ワライ菌に冒されたとしたら。常にワライの絶えない中で、本当の笑いが解らないなんて、正に笑えない話じゃないかね。」

「そうですね。」

新井は、笑うべきか笑わないでいるのか迷ったが、そんな悩みももうしばらくの内なのかもしれない。




END





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けん@neo

Author:けん@neo
作家を目指しながらも、日常に追われる日々を過ごす35歳。
名古屋生まれの、名古屋育ち、だが現在は関東在住。
作家に限らず、同じように自分の才能を世の中に送り出したいと考えている方たちと、交流がしたいです。

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