BlogKenJr.
カスガシカオ志望である作者が、広く世の中に認知してもらうためのあらゆる実験を行うための日記。またカスガシカオになるまでの過程を随時報告していきます。
吉野家で見つかったのではなく吉野家がみつけたのだ
長持ちするやつか

遠くまで飛ぶやつか

今夜はどっちのブロッケンがええんや?

ヤラシイわ〜

ヤラシイやろ


「BlogKen」と「BlogKenJr.」

どっちにする?



ああ、どうもけん@jetです。

うそです、けんです。



吉野家が購入した牛肉の中から特定危険部位を見つけた。

そう、タイトルにも書いたように、見つかったのではなく見つけたのだ。


因みに吉野家は牛肉を輸入ではなく購入している。

つまりアメリカの牛肉生産業者から、吉野家の間には多数の中間業者や米日の公的機関が介入している。

当然その中にそれぞれのチェック機関があるはず。

ところがそれらが全て見逃し、最後の最後まさに消費者の口に入る直前である吉野家が発見したのである。


この問題の影響なのか吉野家は株価を下げている。

テレビの報道番組の街頭インタビューやアンケートでも吉野家に対して不信感を抱く人が半数を超えていた。


しかし、この問題で吉野家は評価されこそすれ、信用を失うような行為はしていない。


吉野家が発見した特定危険部位が含まれる牛肉は700箱の内の1箱から発見されたのだ。

700分の1をクリアしたのだ。

大変な確率だ。

ところがこれは当たり前である。

吉野家は全箱をチェックしているから、例え1000箱に1箱、いや今まで検査してきた箱数からしたら何万箱に1箱でも発見できただろう。


本当に不信感を抱かれるべきは、吉野家に至るまでの関係者、商社である伊藤忠商事や日本国政府農林水産省や厚生労働省のチェック機関である。



アメリカ側が信用ならないのはこれまでの経緯と、その後も見解の違いから改まる様子のないことは明らかだった。


にも関わらず政府機関はこれまでの全箱検査から、わずか数%の抜き取り検査にいつの間にか移行している。

700個の中に一つしかないものを、700から1箱だけあけて発見できる確率は当然700分の1である。


何故そんな宝くじや万馬券を当てる以上の確率しかない方法で検査するのか。

政府はギャンブルでもやっているつもりなのか。


伊藤忠商事にいたっては、そんなギャンブル狂の政府を完全に信用し、箱を開けて検査を実施していなかったという。


ところが報道各期間の報道の仕方が悪く、われわれ消費者の頭には、吉野家の牛肉から危険部位が発見されたということしか印象づけられていない。


そのせいで株価まで下がったとあっては、いままで何万分の1をクリアするために企業努力を続けてきた吉野家はたまったものではない。



今回問題となる特定危険部位を含む牛肉を輸出した米国ナショナルビーフ社は、日本が輸入する牛肉の約3割を占めるという。


この会社が輸出する牛肉は吉野家だけに販売されるわけではないのだ。


つまり吉野家以外の外食産業やスーパーなどの小売店には、チェックをすり抜けた危険部位を含む牛肉が売り出され、われわれ消費者の口に入っていたのかもしれない。

政府のギャンブルや商事の人任せによって。




われわれ消費者は牛肉を口にすることも、牛肉に関するニュースを見聞きすることも結局は受身にしかならない。


いくら気を使っていても、最終的には何かのお墨付きに頼らざるを得ない。


そうでなければ何も食べられず、何も信用できなくなるからだ。



それらを提供する側はそんな弱い立場の消費者のために、正しい商品、正しい情報を提供してほしいものだ。



なんて自分にも言い聞かせています。




参考: 吉野家に関するニュース



KINCHO | CM情報 | CM集 | 【キンチョール】どっちにする?篇

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【2008/04/25 16:02】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
Red Lucky Stars
「赤福星」

ああ、あの赤福までが!

僕はあまり赤福餅は好きではないのですが。

学生のころは三重県に住んでいたので、なんとなく愛着はあります。

今でもやっているかどうか分かりませんが、僕が学生の頃は毎月一日に「一日餅(ついたちもち)」というのを数量限定で発売していました。

その月に因んで毎月餅の種類が変わり、大変な人気で早朝から行列が出来るほどです。

大学内ではそれを並んで買うのが恒例行事になっていて、僕も何度か朝早くに並びました。

伊勢神宮の赤福本店に向かって五十鈴川ぞいに並ぶ人々の列は、早朝でしかも川沿いということもあり、寒々しかったのを覚えています。

「そうまでして餅食いたいか!」

と自分も並んでおきながら、心の中で突っ込んでいました。

元々和菓子も好きでなく、完全に付き合いで連れてこられた僕は、周りの先輩や他のお客さんたちの餅を食いたい情熱にちょっと引き気味でした。

しかし、クラスのみんなとワイワイしながら自分達の順番を待つ時間や、やっと手に入れた餅が和菓子嫌いの僕ですら美味しいと感じたことは、今でもいい思い出です。

それなのに、ああ、それなのに。

「白い恋人」みたいに販売中止になったりするのでしょうか?

そうなったらとても残念です。

元々食べないけど。

でも北海道土産の定番である「白い恋人」に関する思い出を持つ人は沢山いたと思います。

伊勢のお土産の定番である赤福に関する思い出(白い恋人のそれほどスマートに聞こえませんが)も沢山いるはずです。

僕もそうです。

こういった事件は、ただ単に食品衛生上の問題だけでなく、その商品が人気であればあるほど、それにまつわる思い出までも損なわれると言ったら言い過ぎでしょうか?

まあ、実はこのニュースがきっかけで学生時代を思い出せたのですけどね。

ちょっと切ない思い出し方でした。



撤去始まる「赤福」 創業300年、日本一のみやげ物に衝撃
10月12日12時58分配信 産経新聞

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【2007/10/12 18:11】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
書き手と読み手の力関係
みなさんお忘れでしょうが、これでも私、作家を目指していまして。

世の中に認知してもらうために色々やっているわけです。

最近はその色々の方がメインになっていて、本末転倒ぎみですが。

で、その本末転倒な作業をする中で、最近よく携帯電話のPCサイトビューアーを活用しています。

au携帯のPCサイトビューアーには本来のサイトページの上に広告のバナーが表示されます。

そこに以前、

「ケータイ小説専門サイト ノベル組 小説コミュニティー」

というサイトのバナーが出ていました。

そして「携帯作家募集中!」という表示が。

しつこいようですが、これでも私、作家を目指していまして。

早速そのバナーをクリックし、サイトにジャンプ。

その時は時間が無かったので、とりあえずお気に入り登録しいつでも見に行けるようにしておきました。

それで、時間が空いた時に再びそのサイトに行き、詳しく見てみました。

それで少し驚いたことがあったのです。

そのサイトは携帯用の小説や詩の他に、イラストも投稿したり、閲覧したり出来ます。

更に読者は気に入った作品や作者を登録してコミュニティーを作り、趣味の合う人と交流も出来るそうです。

それ自体はまあ他にもありそうな内容のサイトです。

しかし驚いたのはその登録システムなのです。

実はこのサイト、読者つまり小説等を閲覧するだけなら登録料金は無料です。

ところが、小説やイラストなどを投稿する場合、初月以外は月額約300円の登録料がかかるのです。

読者も投稿者も両方無料もしくは両方有料や読者だけ有料というのは見たことありますが、投稿者だけ有料のサイトは初めて見ました。

これはつまり普通の本や雑誌に例えると、読者は只で本が貰えて、作家は出版社にお金を払って本にしたり雑誌に載せてもらったりしているようなものです。

自費出版でフリーペーパーを配布するようなものでしょうか。

しかも広告料も無しで。

しかし、それともまた違う感じがします。

自費出版で本を出す場合、売れればその分のお金が入ってきます。

何よりも自費出版で捻出する費用というのは、印刷したり製本したりする、いわゆる本を製品化するための必要経費で、それを自己負担するわけです。

しかし、このサイトの登録料は、例えばパン屋さんを開く場合、パンを作るための材料にかかる経費というよりも、パン屋さんを開く場所を借りるためにかかる費用に似ています。

いや、それよりも、先に広告料という語が出ましたが、化粧品メーカーは女性誌に宣伝のために広告を載せます。

同様に、このサイトの投稿者は自分の作品を宣伝するために登録料という名の広告費を払って掲載してもらっていると言えます。

先のフリーペーパーの話で言うと、本来のフリーペーパーは作者に払う原稿料等のコンテンツを掲載するための費用を上回る広告料を得ることによって、只で提供出来ています。

フリーペーパーだけではなく、現在のインターネット上の無料で利用出来るサイトのほとんどが、こうした広告料で成立しています。

このサイトでは更に、コンテンツ自体が広告となり、そのコンテンツ自体を楽しみたい読者にとって、より無駄の無い内容にすることが可能になっているのです。

さて、ここで問題なのがコンテンツの内容が面白いかどうかはともかく、そのコンテンツをお金を払ってまで提供してくれるアーティストがサイトが成り立つほどいるのかという点です。

しかし、このサイトのトップページに大々的に表示されているように、登録作品数は8,000以上あるようです。

仮に一人が一つの作品を提供したとすると、8,000以上の登録者が月300円の登録料を払ったら…

結構儲かってんなあ!

というやらしい話はともかく、完全にこのサイトが成り立つほどのコンテンツ提供者がいるということです。

つまり、自分の作品をお金を払ってでもみんなに見て欲しいと思う人がこんなにいるのです。

最近僕はユーチューブに動画を提供するようになりましたが、こうしたコンテンツ利用者と提供者の壁がなくなり、両者が相互に行き来することが、Web2.0の主な流れと言われています。

このサイトのコンテンツ利用者と提供者の立場の逆転が、Web2.0の更にその先にあるシステムになるのでしょうか?

なんて言ったら大袈裟な話ですかね。

このサイトの運営者は、今のネット上の傾向から、コンテンツ利用者からお金を取るよりも、コンテンツ提供者からお金を取る方が得をすると考えたのでしょう。

少なくともこのサイトが成功しているところを見ると、ネット上のコンテンツ提供者と利用者の力関係は逆転する傾向にあると言えます。

現在ユーチューブに対してコンテンツ提供者が著作権の問題をクリアするように要求しています。

つまり著作権のある作品を不正にアップロード出来ないようにするなど、著作者の権利を守るようなシステムの整備を求めているのです。

ところが、その著作物の宣伝のために、あえてそれを自ら提供する著作者もいます。

そして先のサイトの成功やユーチューブ自体の爆発的な成長と成功を見る限り、こうしたサイトは著作者自体にも有効な宣伝媒体となっています。

さらに言えるのは、僕も含めてコンテンツ提供者が、プロアマの壁だけでなく、利用者との壁も無くなり、誰もが発信者と成りうる現在の状況からすると、発信者の数と利用者の数は既に逆転しているのかもしれません。

そんな中では、もう著作者が自分の権利を主張するほどの力が失われてきているようです。

だからといって現在ある著作物に対する不当な侵害は許されません。

しかし、今後出てくるコンテンツの著作権の在り方は、今ある考え方とまるで違うものになる可能性が高いです。

何度も言いますが、作家を目指す僕にとって、この問題は引き続き考えていきたいと思っています。

[テーマ:インターネット | ジャンル:コンピュータ]

【2007/10/10 20:34】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
国民投票法を考える 3
前回からかなり間が開いてしまいました。

しかし、来週の日曜日は参議院選の投票日ということで、この問題をまとめ、みなさんの投票の参考になったらと思います。

前回までは、最低投票率や得票率を何%にすれば、より国民の意見を反映できるのか書いてきました。

結論としては、最低投票率を定めず、有効得票数を常に有権者数の過半数、つまり有権者数1億人なら5千1人の人が賛成すれば可決されます。


前回の話では、もし賛成と反対の差が少ないと、多くの国民の声が無視されることになると書きました。

では、その割合を何%にすれば本当に国民の総意と言えるのかと考え出すと、もう100%以外は70%だろうが80%だろうが、結局は残りの30%や20%の意見を無視することになり、決めきれなくなります。


そうなると、多数決が有効でなく、投票自体が無意味なものという議論になってきます。

そういう観点から、この国民投票法に反対する方々もいますが、この場では国民投票法を行うとしたらいかに有効にやればいいかを考えたいので、多数決を有効と考え、過半数を決定の最低得票数と考えます。




続きを読む

[テーマ:憲法改正論議 | ジャンル:政治・経済]

【2007/07/22 16:09】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(1) |
国民投票法を考える 2
「どうもマックです」

「こんにちはパソコンです」

「最近ブログを始めたんだ」

「それはご苦労様です。参考までに作業工程を。まずはステップ1」

「まずテンプレートを選ぶ」

「ステップ2」

「タイトルと本文を書き込む」

「ステップ3」

「画像を張ったり、ブログパーツをつけたり」

「ステップ4」

「アフィリエイトプログラムに登録して宣伝バナーをはる」

「ステップ5」

ブログランキングに登録してバナーをはる」

「ステップ6」

「他のブログやサイトのリンクをはる」

「ステップ……あの、まだあります?」

「これでもFC2は簡単な方なんだけどなあ」

チャンチャンチャン♪



ああ、どうもけんです。

国民投票法について、前回から続いて考えていきたいと思います。

国民投票法の不備の中でよく取りざたされる、最低投票率の問題。

本当に、国民の声を反映するためには、ほぼ100%の人が投票しなければならないと前回書きました。

と、そのことだけでも現実的な話ではないのですが、これは実際の法案の「総有効投票数の過半数を超え」れば可決というのが前提です。

前回は触れませんでしたが、この最低得票率が半分を超えればそれで決まりと言うのはどうなのでしょうか。

つまり51%対49%だったとしても51%の方に決まってしまうのです。

半数以下とはいえほぼ半数に近い人が投票した意見が無視されるというわけです。

それじゃあ何%にしたら国民の意見を反映していることになるのか。 といいますと、これが難しい問題なのです。

前回と同じ例えで、「憲法を改正するか、否か」と言う議題で投票を行ったとします。

日本国民を100人とし、100人全員が投票しました。

有効投票数の60%を越えないと可決されないとします。

そうすると、たとえ59人が賛成票に投じたとしても否決され国民の半数以上の意見が無視されることになります。

さらに100人のうち70人が投票した場合。

60%以上と言うことは、42人以上ということですが、41人の賛成票しかなければ否決されます。

投票しなかった30人が全員賛成だとすると、あわせて実に70%以上の国民の意見が無視されることになるのです。

つまり国民の意見をより反映するために、最低得票率を上げようとすれば逆に多くの国民の意見を無視する結果になり得るのです。

与党はこのことを懸念し、最低投票率も決めず最低得票率も最少差の過半数を超えるものという案を出しています。

前回の僕の話からすると、より多くの国民の意見を取り入れるためには最低投票率をなるべく高く100%に近くするほうがいいように思われます。

そこで最低得票率を80%に決めたとします。

つまり全国民を100人とすると、80人以上が投票しないと法案が成立しないのです。

この場合、全国民100人の内、79人が賛成していて、しかもその79人全てが投票したとしても、残りの21人が反対に投票するのではなく投票しなければ、法案は否決されます。

たとえ数で負けていても、ボイコットすれば自分達の意見を通すことが可能になってくるのです。



法案によっては賛否を決められない人も出てくるでしょう。

そういう人は大抵、「どちらでもいいから投票しない」と考えるのではないでしょうか。

憲法改正に賛成の人が100人中70人、反対の人が20人、どちらでもいいと思っている人が10人いたとします。

どちらでもいいと思った10人が全員投票しなければ、反対派は10人以上の人が投票しなければ、否決されるのです。

この場合も70%以上の人の意見が無視されます。

やはりこの場合も、国民の意見を反映しようとする策が裏目に出る結果になりうるのです。


これらの矛盾を解決するためにはどうしたらいいでしょうか?



まず考えられる方法は、最低投票率(国民の何%以上が投票すれば法案が成立するか)を定めずに、最低得票数を有権者の過半数に定めるのです。

つまり、有権者全員がが投票しようが、60%の人しか投票しなかったとしても、常に有権者の半分以上の票を獲得しなければそれは国民の意に沿わないものと考えるのです。

1億2千万人なら、6千万人を越える賛成票がなければいけないというわけです。



続きます


[テーマ:憲法改正論議 | ジャンル:政治・経済]

【2007/05/20 17:40】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(3) |
国民投票法を考える
どんだけー!

ああ、どうも岩瀬健です。

うそです、けんです。

国民投票法案が参議院を通過しました。

「国民投票法」とは、主に憲法改正の是非など重要な決議を国民の直接投票によって決めるための法律です。

与党の強引な採決により、衆参両議院を通過してきたわけですが、実際のところまだまだ不備な点が多く、実施するまで3年の猶予を置き、その間18の項目について検討する必要があるそうです。

その検討すべき項目の中で特にマスコミなどでもよく取り上げられているものが、「最低投票率」の問題です。

与党の提出案によると、国民投票成立のための最低投票率は特に定めず、投票数の過半数を越れば自動的に議案が決定されます。

この仕組みでいくと、例えば日本国民が1億2千万人として、「憲法を改正すべきか否か?」という問題に対して半分の6千万人の人が投票したとします。

その内の60%、つまり3千6百万人が賛成票を入れたら、憲法は改正されることに決まります。

投票しなかった残りの6千万人全てが反対、つまり反対に投票した人も合わせて国民の70%である8千4百万人の人が反対していたとしても、賛成に決まってしまうのです。



多くのマスコミ、そして野党もこの点に反対し、国民投票法の成立に待ったをかけていたわけです。

僕も最初にこの法案が最低投票率を定めないと聞いたときは、「投票の結果によっては国民の意思と矛盾する決定になるのでは?」と疑問に思いました。

しかし、それでは最低投票率をいくつに定めたとしたら、上の例のような矛盾する決定が解消されるのでしょうか?

答えは100%、つまり国民全員が投票しない限り、上のような反対(もしくは賛成)の方が多数にも関わらずその逆に決定してしまう可能性がありうるのです。

分かりやすく、全国民を100人とします。

その内の99%、つまり99人が投票したとします。

最も差が少ない場合、賛成50人、反対49人で投票数の過半数を超えて賛成に決まります。

ところが投票しなかった残りの一人が反対だった場合、賛成50人に対し反対50人で、全国民の意見としては全く同数にも関わらず、どちらかに決定されることになります。

これは全国民が偶数だった場合で、奇数だった場合、例えば101人の内、約99%の100人が投票したとします。

その内賛成が51人、反対が49人で最少差で賛成に決定します。

残りの一人が反対だったとしても、51人対50人で国民の総意と投票結果は一致します。

しかしこの場合も、98%の投票率、つまり101人の内99人が投票し最少差である賛成50対反対49で賛成に決まったとして、投票しなかった残りの2人が反対だったとしたら、やはり国民の総意とは反対の決定になるのです。

つまり本当に公平に決定しようとするならば、100%か99%の人が投票しないと成り立たないのです。



次回に続きます。








[テーマ:憲法改正論議 | ジャンル:政治・経済]

【2007/05/15 00:48】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
今日のネット上で溢れかえるであろうコメント
「甘いのはケーキだけにしとけよ!」

お菓子メーカーの不二家が、賞味期限切れの牛乳を洋菓子の製造に使用していたことが発覚。

当社では製菓工場内でそのような行為が数回繰り返されていたことを、昨年中に把握していたにも関わらず、発覚を恐れ隠蔽を図ったもよう。

当社は記者会見上で、先の雪印のようにブランドイメージが暴落するのを防ぐために隠蔽を行ったと釈明。

そして自らの行いに対して、

「考えが甘かった」

との言葉。

これに対して、先のようなコメントが溢れかえるのは目にみえてますね。

それにしても、雪印の不祥事の教訓が活かされるどころか、逆に隠蔽を助長することになるとは。

ニュース番組では、不二家が老舗であることを強調していましたが、どんな業種にしろ老舗と言われたり歴史ある企業にこそ、そのこれまでの業績を守ろうと、間違った選択をしやすい体質があるのではないでしょうか?

こういった事件は、一つ発覚すると、連鎖的に次々と様々な企業で同様な不祥事が露見します。

もしも今現在、社内の不祥事を告発すべきかどうか迷っている方がいるとしたら、もう一度なにが本当に大切なことなのか考え返していただきたいものです。

それが私たちの命に関わることならなおさらです。

姉歯氏が、先日自らに下された一審判決に対して、不服として控訴をしました。

誰もがそれを聞けば、

「よくも臆面もなく!」

と怒りを露にすることでしょう。

もしかしたら、今回の不二家の役員も姉歯氏の上告を聞き、同じように怒りを表したかもしれません。

しかしそれでもなお、自らの行いは告白することが出来なかったのではないでしょうか。

姉歯氏や不二家の行いに怒りを感じたみなさん。

もし自らも同じような行いを今していたとしたら、自分や自分の家族や友人がその被害を受けたと想像してみて下さい。

そして先の怒りを自分に向け、勇気を持って告白して下さい。

それこそが貴方と貴方の企業を守る唯一の方法だと僕は思います。

[テーマ:気になったニュース | ジャンル:ニュース]

【2007/01/11 18:54】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) |
ウザタク
にーまめになると♪

戦意が増える♪

オー!バイオレンス!

ああ、どうもけんです。

CMで言われた通りに検索したら、果たしてちゃんと目的のサイトに辿りつけるのか。

そんな話でしたっけ?

みなさんは、検索結果を何ページ目まで見ますか?

目的のサイトが見つかるまで、見続けますか?

それとも、途中で他の適当なサイトに飛びますか?

僕はタイトルだけをだいたい50件ぐらいざっと見て、その中に目的のサイトがなければ、検索語句を追加して再検索したりします。

僕のブログの右下にランキング表のようなものがあります。

以前も記事にしましたが、これは「FC2ランキング」と言って、僕のブログに来て頂いた方々がいったい何処からリンクして来たのか、そのリンク先から来た人が多い順にランキングしたものです。

そこに先日、「Yahoo!検索結果タカアンドトシ」というのがランクインしていました。

この検索結果を見てみると、全部で30万件以上ありました。

そしてその中から僕のブログに関わる結果をたどっていくと、約250件目にありました。

中にはここまでたどって来て下さる方もいるでしょうが、ほとんどの方々は大体50件前後までしか見ないのではないでしょうか。

これは先のランキングの検索結果を見てもわかります。

それではみなさんは、語句を検索するときに、常に50件以内に満足する記事やサイトを見つけることが出来ますか?

もう少し続きます!

【2006/09/28 19:23】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
なんとなくクビにしたる
私のブログはBlogKenJr.です。

My blog is BlogKenJr.

なんで?

なんでBlogKenJr.なんだろう?

ああ、どうもけんです。

すっかりこのフレーズも定着してきまして、携帯での打ち込みでもロスなしに変換出来るようになりました。

先日、長野県知事選にからむ記事というかネタを書いたので、結果についても遅ればせながら言及してみます。

選挙の結果は、村井氏(あの記事を書いてから、「さん」ではなく「氏」をつける報道が多くなったのは気のせい?)の圧勝でした。

初当選以来様々なトラブルを繰り返しながらも、不信任決議後の選挙にも圧勝し二期6年を務めあげた田中氏でした。

しかし今回の選挙で長野県民が選んだのは、まさに田中氏が推進してきた「改革」でした。

いくら改革を唱える人でも、二期6年もたつと有権者の目には保守側に見えてくるのかもしれません。

選挙後のインタビューを聞いても(そこには報道制作者の意図があったかもしれませんが)村井氏を選んだというより、田中氏を選ばなかったという印象を与える回答が多かったです。

僕は長野県民ではないので、県民自身の選択に異論を唱えるつもりはありません。

しかし、田中氏の改革を「口先だけのもの」とあれだけはっきり批判した村井氏には、長野県民の声に答える働きをして頂きたいものです。

県民が今でも望んでいるのは、改革の実行でしょうから。

「田中氏を辞めさせるのが自分の仕事」

などと公言するのは、県民の多数にその意図があったとしても、選んでくれた有権者に失礼だと思います。

村井氏が自ら自分を「つなぎ」と言ったのが本気の言葉だとしたら、県民の選択は大きな間違いになるでしょう。

選ぶ選挙でなく選ばない選挙しか出来なかったと後々言われるのはとても不幸なことです。

村井氏を選んで正解だったと言われる活動を、長野県民の僕の親戚のために望みます。



長野知事選 村井氏「見せかけのガラス室に入りたくない」

[テーマ:政治・経済・時事問題 | ジャンル:政治・経済]

【2006/08/10 08:48】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(4) |
電波男
最近、海外でもそのまま使える携帯というのが増えているようですね。

海外旅行や出張に頻繁に行く方たちには重宝されることでしょう。

あれはどうなんですかね。

海外でも普通に普段使っている番号で日本に電話出来るのでしょうか。

そして、海外に居ても自分の携帯に電話がかかってきたら繋がるのでしょうか。

そんなことを考えているうちに、ふと疑問に思ったことがあります。

もし先に書いたように、海外でも普通に自分の携帯が使えるとしたら、電波ってどうなっているのでしょうか。

いやよくよく考えてみると、海外に限らず国内でも、いわゆる圏内と言われる所にいれば、常に電話をかけたり受けたりすることができます。

こちらから発信する場合はなんとなく理解できます。

この端末から電波を飛ばして、圏内であればその電波が届く範囲にアンテナとか基地局があって、受信してくれるのでしょう。

しかし、逆にかかってくる場合、その電波はいったい何処に向かって発信されるのでしょう。

自分のいる場所は常に変わります。

圏内は圏内なのですが、その位置は特定はできません。

しかしちゃんと圏内にいれば電話は自分の所にかかってきます。

それはつまり自分の所に向かって電波が発信されているということです。

どうやったら場所の特定出来ないものに向かって電波を飛ばすことが出来るのでしょうか。

それとも、圏内全てに向かって自分の電話への電波が飛ばされるのでしょうか。

そうなると、携帯を持つ人達全てに対する電波が圏内を飛び交うことになります。

現在の携帯電話の契約数を考えると、それはものすごい量の電波なのではないでしょうか。

もうひとつ考えられるのは、自分の携帯が常に自分の位置を基地局に向かって発信している場合です。

そうすれば決まった方向、もしくは範囲に電波を飛ばせばよくなるので、先の場合よりも電波の量は少なくて済むように思えます。

しかし、これはこれでいつも自分の位置が誰かに知れるようで、なんだか気味が悪いです。

いつも何気無く使っている携帯電話ですが、僕はその構造や仕組みをほとんど知りません。

携帯に限らず、家電や車なんかも便利だ便利だと言いながら、全くそのものについて深く考えずに使用しています。

僕たち使う側がもう少しその製品などについて考えるようになれば、最近頻繁に起こっているような悲惨な事故も未然に防ぐことが出来るかもしれませんね。

[テーマ:携帯電話 | ジャンル:携帯電話・PHS]

【2006/08/06 19:45】 | コラム・エッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
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プロフィール

けん@neo

Author:けん@neo
カスガシカオを目指しながらも、日常に追われる日々を過ごす34歳。
名古屋生まれの、名古屋育ち、だが現在は関東在住。
カスガシカオに限らず、同じように自分の才能を世の中に送り出したいと考えている方たちと、交流がしたいです。

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